前回の「談山神社」に引き続きになります。
談山神社を9:30頃に後にしました。
車のナビを「大和郡山城」にセットです。
すると、山間を抜けたところに見慣れた地名が…、「石舞台」です。
石舞台と言えば「蘇我馬子」の墓と言うのが有力です。その子孫の蘇我入鹿が乙巳の変の談合をしたのが「談山神社」なので、不思議な縁を感じ過去に「石舞台」に行った時のものを少し紹介です。
石舞台古墳とは?
石舞台古墳は、奈良県高市郡明日香村にある古墳です。
巨大な石を積み上げた石室が特徴で、飛鳥時代の歴史を伝える代表的な史跡の一つです。
被葬者は確定していませんが、蘇我馬子の墓である可能性が高いと考えられています。
古墳の上部を覆っていた盛土が失われ、現在は巨大な石室が露出した姿を見ることができます。
石室を構成する石の大きさから、当時の土木技術や権力者の存在を感じられる場所です。
石舞台古墳を訪れたら、次のポイントを確認してみましょう。
-
巨大な石室:大きな石を組み合わせて造られた構造が特徴です。
-
天井石:石室を覆う巨大な石の迫力を感じられます。
-
石室内部:内部に入ることで、石の大きさや空間の広さを体感できます。
-
古墳周辺の景観:明日香村の自然と古代の歴史が調和する風景を楽しめます。
石舞台古墳の魅力は、何といっても巨大な石を使った構造です。
石室の内部に入ると、石の大きさや積み上げられた技術を間近で感じられます。
石舞台古墳と豊臣秀長の時代
石舞台古墳は、豊臣秀長が活躍した戦国時代よりも約千年近く前の古墳時代末期に築かれたと考えられています。
そのため、秀長が大和国を治めた時代とは直接の関係はありません。
しかし、奈良県には古代から続く歴史的な遺跡が数多く残されています。
大和郡山城と石舞台古墳を巡ることで、奈良の歴史が古代から戦国時代へと続いていることを感じられます。
石舞台基本情報
| 入場時間 | 9:00~17:00(受付16:45まで) |
|---|---|
| 休業日 | 年中無休 |
| 入場料 |
有料:一般・大学生 500(400)円、高校生~小学生 200(100)円()は団体料金(30名以上)
|
| アクセス | バス停「石舞台」下車して徒歩3分 |
| 駐車場 | あり:有料 |
| 所在地 | 奈良県高市郡明日香村島庄254 |
| お問合わせ先 | 飛鳥観光協会 0744-54-3240 |
石舞台古墳へのアクセス
石舞台古墳は、奈良県高市郡明日香村にあります。
公共交通機関では、近鉄橿原神宮前駅や飛鳥駅などを起点に、明日香村内のバスを利用する方法があります。
車の場合は、周辺の駐車場を利用して見学できます。
談山神社と石舞台古墳は比較的近いエリアにありますが、山道や道路状況によって移動時間が変わるため、事前にルートを確認しておくと安心です。
実際の石舞台
石舞台自体は映像で見た方も多いかと思いますが、石舞台は少し高台の上にあります。また石棺も近くに展示されています。ちなみに、石舞台全体の風景は、敷地外にある展望台から見た方が全体を俯瞰して見ることが出来ます。私的には、こちらのベストシーズンは”春”です。石舞台を桜が咲き誇り囲んでいます。

今回は石舞台を車で走りながら横目で見ただけでしたが、こちらで1日地を使えばレンタサイクルでキトラ遺跡や高松塚古墳等も見学できます。ちなみに、自転車は電動をお勧めします。意外と坂が多かったです。
豊臣兄弟の時代に戻ります
すでに「豊臣兄弟!」が放送されているせいか、郡山城周辺に近づくと少し渋滞でした。以前来た時も城付近は渋滞していたので、慢性的な渋滞が発生しているのかも知れません。古い町並みの為、城付近は整備がされている物の道が狭いです。
大和郡山城とはどんな場所か
大和郡山城とは?
大和郡山城は、奈良県大和郡山市にある城跡です。
戦国時代に筒井順慶が城を築き、その後、豊臣秀長が入城して大規模な整備を進めました。
秀長は天正13年(1585年)に大和国を与えられ、大和郡山城を居城としました。
城下町の整備も進められ、大和郡山は政治や経済の中心地として発展していきます。
現在は郡山城跡公園として整備され、石垣や堀、復元された門や櫓などを見学できます。
豊臣秀長と大和郡山城の関係
豊臣秀長は、兄の秀吉を支えながら、大和国を治める大名としても活躍しました。
大和郡山城は、秀長が領国を治めるための拠点となった城です。
秀長が城を整備した背景には、大和国を安定して統治するという目的がありました。
城だけでなく、城下町の発展にも目を向けると、秀長が担った役割が見えてきます。
大河ドラマ「豊臣兄弟!」第37回「秀長の国」を見た方は、秀長がどのような場所を拠点にしていたのかを想像しながら歩いてみると、より楽しめるでしょう。
大和郡山城で見るべき場所
せっかく大和郡山城に来たのであればここだけはを紹介です。
大和郡山城を訪れたら、次の場所を中心に見学するのがおすすめです。
-
天守台:城の中心部にあたる場所で、石垣の構造を見学できます。
-
追手門:復元された門や櫓が、かつての城の姿を伝えています。
-
石垣と堀:城を守るための構造を感じられる場所です。
-
さかさ地蔵:石垣に転用された石材の一つで、城の歴史を物語る存在です。
大和郡山城の特徴は、石垣にさまざまな石材が使われていることです。
天守台の石垣には、地蔵や寺院などに由来する石材が転用されています。
城を築く際に石材を集めた当時の事情を想像すると、石垣を見る楽しみも広がります。
大和郡山城跡を訪れる際のポイント
大和郡山城跡は、公園として整備されており、城跡を散策しながら歴史に触れられます。
城内を歩く際は、石垣や堀の位置を確認しながら、かつての城の規模を想像してみるのがおすすめです。
天守台周辺では、石垣の高さや構造にも注目してみてください。
また、城跡周辺には城下町の風情が残る地域もあり、散策を組み合わせることで、城と町のつながりを感じられます。
大和郡山城へのアクセス
今回訪問し、見て初めて知りましたが大きめの駐車場が「大和郡山城」の西側に整備されています。たどり着くまで少し狭めの道を通りますが、こちらが比較的満車の心配が少ないかと思われます。
ただし、「豊臣兄弟」大河ドラマ館を見学する方は大和郡山城の東側になりますので少し距離があります。
大和郡山城・談山神社・石舞台古墳の見学時間と料金
訪問前に確認しておきたいのが、各スポットの見学時間や料金です。
大和郡山城跡の見学時間と料金
大和郡山城跡公園は、入園無料で、基本的に24時間開園しています。
ただし、郡山城情報館や天守台などの施設には利用時間があります。
|
項目 |
内容 |
|---|---|
|
入園料 |
無料 |
|
公園の開園時間 |
24時間 |
|
4月~9月の施設利用時間 |
7時~19時 |
|
10月~3月の施設利用時間 |
7時~17時 |
|
休園日 |
なし |
施設ごとに利用時間が異なるため、見学したい場所の開館状況を事前に確認しましょう。
大和郡山城です
10:30大和郡山城近くの有料駐車場に入庫して、お城に向かいます。
私的にですが、訪問地では現地の案内板を撮影して、歩きながら確認して歩いています。

登城します
前回までは「追手門」からでしたが、今回は気分を変えて「柳沢神社」方面からにしました。
柳沢神社を抜けると天守台です。天守閣はありません。しかし、天守台には上がることが出来ます。
天守台からの眺望は360度です。37回の話題の「興福寺」は2枚目の写真の白い塔の右になります。その反対が「東大寺大仏殿」です。写真の下側が案内板です。もちろん望遠にすれば確認できます!


そして、第37回で話題にもなり、紹介されていたお地蔵さんです。
案内板の三角屋根右側の先端の先の石垣の隙間から見ることが出来ます。故意に見ることが出来るように配置されたように感じる石垣です。

こちらの他にも昭和48年に天守閣石垣から発掘された「転用石」もあります。こちらは片面に十王の一人が彫られ、反対側には地蔵菩薩が彫られている「両面石仏」になります。右側の案内板の写真が裏面です。

追手門です
こちらのお城には天守閣が再建されていないので、建築物で魅力があるのはこちらの門になります。

大和郡山城見学終了です!時刻は11時30分です。今更ですが、これであれば「石舞台」見学可能でした。
なお、今回は「大河ドラマ館」には立ち寄りませんでした。
併せて大和郡山を散策されたい方に
城下町の風情を感じられる場所は、市役所前の道の1本南側の通り「紺屋川」が流れる道がお勧めです。さすがは古都、2車線の中央に中央分離帯では無く、川が流れています。道幅が狭いので車での通行には適していませんが、歩いて散策するには風情はあります。
なお、有名な金魚を見学するのはお城から南に車で30分程度の移動が必要です。
よくある質問
大和郡山城は豊臣秀長とどのような関係がありますか?
大和郡山城は、豊臣秀長が大和国を治める際の拠点となった城です。
秀長は城の整備や城下町の発展を進め、大和国の統治に重要な役割を果たしました。
談山神社は豊臣秀長と関係がありますか?
談山神社は、豊臣秀長の居城や直接の活動拠点ではありません。
藤原鎌足を祭神とし、大化の改新にまつわる歴史を伝える神社です。
「豊臣兄弟!」第37回の紀行で秀長との関係が紹介されていました。
石舞台古墳は誰のお墓ですか?
石舞台古墳の被葬者は確定していません。
蘇我馬子の墓である可能性が高いと考えられています。
大和郡山城・談山神社・石舞台古墳は1日で巡れますか?
車を利用すれば、3か所を1日で巡る計画を立てることができます。
ただし、大和郡山城と明日香・多武峰方面は離れているため、移動時間を十分に確保する必要があります。
公共交通機関を利用する場合は、バスの時刻に合わせた計画がおすすめです。
大和郡山城跡は無料で見学できますか?
大和郡山城跡公園は無料で見学できます。
ただし、郡山城情報館などの施設には利用時間があるため、訪問前に確認しておきましょう。
大河ドラマ「豊臣兄弟!」と3つの史跡の関係
秀長が大和国を治めた拠点・大和郡山城
大和郡山城は、豊臣秀長が大和国を治めるための拠点となった城です。
秀長は、兄の秀吉を支えるだけでなく、自ら領国を統治する立場でも活躍しました。
城や城下町の整備に目を向けることで、秀長が担った政治的な役割をより深く理解できます。
古代の歴史を伝える談山神社
談山神社は、藤原鎌足を祭神とする神社です。
大化の改新にまつわる歴史を伝える場所であり、豊臣秀長の時代よりも古い大和の歴史を感じられます。
大和郡山城と合わせて訪れることで、奈良の歴史を異なる時代から見つめることができます。
飛鳥時代の巨大な石室を伝える石舞台古墳
石舞台古墳は、飛鳥時代の有力者の墓と考えられている古墳です。
巨大な石室が露出した独特の姿は、古代の土木技術を感じさせます。
秀長の時代とは直接の関係はありませんが、奈良の歴史をより広い視点で楽しめる場所です。
大和郡山城・談山神社・石舞台古墳を訪れる際の注意点
3つのスポットを巡る際は、次の点に注意しましょう。
-
大和郡山城跡は石垣や段差があるため、歩きやすい靴を準備する。
-
談山神社は山間部にあり、石段や坂道を歩くことを想定する。
-
石舞台古墳は石室内部を見学するため、足元に注意する。
-
談山神社の拝観時間とバスの時刻を事前に確認する。
-
3か所を1日で巡る場合は、移動時間を十分に確保する。
-
車を利用する場合は、各スポットの駐車場や道路状況を確認する。
特に談山神社と石舞台古墳を公共交通機関で巡る場合は、バスの運行状況によって移動計画が変わります。
実際に訪れるなら
大和郡山城は、城跡を歩きながら秀長が治めた大和国の歴史を感じられる場所です。
天守台の石垣や堀を眺めると、城が領国支配の拠点として重要な役割を担っていたことが伝わってきます。
談山神社では、十三重塔や境内の建造物を巡りながら、藤原鎌足と大化の改新の歴史に触れることができます。
石舞台古墳では、巨大な石室を間近で見学することで、古代の技術や文化を感じられます。
3つのスポットは、それぞれ異なる時代の歴史を伝えています。
大和郡山城を中心に、談山神社と石舞台古墳を組み合わせることで、奈良の歴史を幅広く楽しめる旅になるでしょう。
関連記事
「豊臣兄弟!」第37回「秀長の国」タイトルの意味と感想
第37回のあらすじやタイトルの意味、感想を振り返りたい方はこちら。
「豊臣兄弟!」第37回「秀長の国」タイトルの意味と感想|大人のドラマ案内
大河ドラマ「豊臣兄弟!」完全ガイド
あらすじやキャスト、各話の感想、史実、ゆかりの地をまとめて確認できます。
「豊臣兄弟!」どこで見れる?U-NEXTの視聴方法・あらすじ・各話感想・史実・ゆかりの地を解説|大人のドラマ案内
「豊臣兄弟!」第28・29回ゆかりの地を実際に巡る
山崎合戦古戦場跡や勝竜寺城を紹介した記事です。
大和郡山城・談山神社・石舞台古墳をめぐる観光モデルコース
今回は、談山神社からスタートし、石舞台古墳を経由して大和郡山城へ向かうルートを紹介します。
午前中に談山神社を参拝し、石舞台古墳で飛鳥時代の歴史に触れた後、午後は豊臣秀長ゆかりの大和郡山城を訪れるコースです。
おすすめモデルコース
午前:談山神社
談山神社を参拝
↓
十三重塔や境内を見学
昼前:石舞台古墳
石舞台古墳を見学
↓
巨大な石室や周辺の景観を楽しむ
午後:大和郡山城
大和郡山城跡を散策
↓
天守台・石垣・追手門を見学
↓
城下町を散策
午前:談山神社を参拝
最初に訪れるのは、藤原鎌足を祭神とする談山神社です。
十三重塔や拝殿など、歴史ある建造物を巡りながら、大化の改新にまつわる歴史に触れます。
山間部に位置するため、石段や坂道を歩くことを想定し、時間に余裕を持って参拝しましょう。
昼前:石舞台古墳を見学
談山神社の次は、明日香村にある石舞台古墳へ向かいます。
巨大な石室を間近で見学し、飛鳥時代の歴史や古代の土木技術を感じてみましょう。
石舞台古墳の周辺には自然豊かな景観が広がっており、散策を楽しむこともできます。
午後:大和郡山城を訪問
最後に訪れるのは、豊臣秀長ゆかりの大和郡山城です。
天守台や石垣、追手門などを巡りながら、秀長が大和国を治めた時代を想像してみましょう。
城跡を見学した後は、城下町を散策するのもおすすめです。
談山神社と石舞台古墳で古代の歴史に触れ、最後に大和郡山城で豊臣秀長の足跡をたどることで、奈良の歴史を時代の流れとともに楽しめるコースになります。
まとめ
今回は、談山神社を出発し、石舞台古墳を経由して、大和郡山城を訪れました。
談山神社では、藤原鎌足と中大兄皇子が蘇我入鹿を討つ計画を話し合ったという歴史に触れました。
その後、車で大和郡山城へ向かう途中に見えたのが、蘇我馬子の墓と伝えられる石舞台古墳です。
蘇我入鹿と関係の深い談山神社と、蘇我馬子の墓とされる石舞台古墳が近い地域にあることに、不思議な歴史のつながりを感じました。
今回は車窓から眺めるだけでしたが、明日香村には高松塚古墳やキトラ古墳など、古代の歴史を感じられる場所が数多くあります。
時間に余裕があれば、レンタサイクルを利用して巡るのもおすすめです。
そして、今回の旅の目的地である大和郡山城では、豊臣秀長が大和国を治めた時代に思いを馳せながら、天守台や石垣、追手門を見学しました。
特に印象に残ったのは、天守台からの眺望と、石垣に残された転用石です。
第37回「秀長の国」で描かれた秀長の領国支配を、実際の城跡を歩きながら想像することができました。
談山神社から石舞台古墳、そして大和郡山城へ。
古代から戦国時代へと続く奈良の歴史をたどる、興味深い一日となりました。
「豊臣兄弟!」をきっかけに歴史に興味を持った方は、ぜひ現地を訪れて、ドラマの舞台となった時代や人物の足跡を感じてみてはいかがでしょうか。
最後に、やはり可能であれば天守閣は再建して欲しいです!
※本ページの情報は2026年10月時点のものです。最新の配信状況はU-NEXTサイトにてご確認ください。